2012.05.18 Friday
手放したものの大きさ
人間にはもともと”滞在意識”というものがある。
これは、抑圧されている記憶に基づく意識のようなもので
もともと皆がもっているもの。
でも、普段の生活では、皆、これに気がつかない。
昔、昔はこの直感的衝動(完全な滞在意識による衝動)
により、行動をしていた。
文明がはじまり、社会が生まれるとこの
滞在意識は、無意識となって
私たちの奥の奥へとしまいこまれた。
社会の中で”滞在意識”は
生きるには必要なくなってきたからだ。
生命を維持する事は、
”生きる事”ではなく”生活する事”にかわった。
生活する事とは、、
”社会の中で正しく生きる事”であり、
現在では
”社会の中で成功する事”が
生活する事になってしまった。
滞在意識は無意識となり、
頭で考える事、が全てを支配するようになった。
どうしたらいいか、、と考え
私たちは意識の再構築をくり返す。
とくに私たち日本のバランスはおかしい。
この100年と少しでぐちゃぐちゃにおかしくなった。
「日本は西洋に遅れをとっている」
「おいつけ、おいこせ」
まさにこの考えが私はおかしくなった根源だったと思う。
日本には素晴らしい考えや
素晴らしい物、景色、文化が沢山あった。
それを自から、手放した。
目の前の利益しかみえなかった日本人。
もちろんその時は気づかない。
目の前の出来事で大喜びしている。
失ったものの大きさに気がつかないのだ。
そして、少しの日本人の間で少しずつ気づき始め
あと少ししたら、日本人はあの時の
大失敗に、気がつく時がくるであろう。
頭で考え、意識の再構築をくりかえし
まわりを見渡す事をやめよう。
大切なものを見失わないようにしよう。
素晴らしく美しかった江戸の街に
高層な建物はぐちゃぐちゃに立ち並び、
高速道路が網の目のように走り
そして、スカイツリーのようなおそろしい怪物のようなもができ
多くの人がなぜか喜んでいる。
これ以上、何を便利にする必要があるのであろうか。
何が私たちの幸せな暮らしに必要なのであろうか。
そして、あの江戸の美しい景色に戻る事はもうないのである。
独り言 -
